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札幌地方裁判所 昭和38年(行)2号 判決 1964年4月21日

原告 松田次郎

被告 厚生大臣・北海道知事

主文

原告の被告厚生大臣小林武治に対する訴を却下する。

原告の被告北海道知事町村金五に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告北海道知事が昭和三五年四月二八日付で原告の引揚者給付金請求を却下した処分および被告厚生大臣が同三七年一〇月一九日付で右却下処分に対する原告の不服申立を棄却した裁決はこれを取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との裁判を求め、その請求原因としてつぎのとおり述べた。

「一、原告は、引揚者給付金等支給法にもとずき、昭和三四年四月一一日頃引揚者給付金請求書を岩見沢市長を経由して被告北海道知事にあて提出したが、同知事は同三五年四月二八日付で原告が同法第二条第一項第三号に規定する引揚者に該当しないと認定して原告の請求を却下し、その通知書は同年五月一六日に到達した。そこで原告は、被告厚生大臣に対し不服の申立をしたところ、同大臣は原告は同二〇年五月頃本邦に帰国し以来終戦まで本邦に住居を有していたものであるから右法条所定の引揚者に該当しないとし、右知事と同一の認定にもとずき同三七年一〇月一九日付裁決で原告の不服申立を棄却し、その通知書は同年一二月一〇日頃原告に到達した。

二、しかしながら、原告は、昭和一四年八月一〇日付で北支軍嘱託宣撫班甲班要員として採用され、妻子を岩見沢市に残して単身中華民国に渡航し、以来中華民国新民会河南省総会参事を経て同一八年四月頃より政治団体である東亜連盟連絡員となり、同国開封市城内捲棚廟街一六号に住居を定め、北京市西城北魏胡同二一号東亜連盟総会を連絡場所として政治活動に従事していたものであつて、終戦時である同二〇年八月一五日まで引き続き六ケ月以上生活の本拠を外地に有していたものであり、原告が同二〇年五月頃から終戦まで岩見沢市志文一、二三三番地の原告の妻子方および東京都杉並区馬橋二の二一一番地後藤サト方に滞在していたのは、たまたま右二〇年五月頃原告が事務連絡のため中華民国から本邦に出張して来たところ、戦争が苛烈となり、加うるに原告が軍部と警察当局のブラツク・リストに載せられていたためこれに渡航を阻止されて終戦に至るまで中華民国に帰ることができなかつたからに外ならない。従つて原告が昭和二〇年五月頃帰国し以来終戦まで本邦に生活の本拠を有していたとする前記被告らの認定は事実を誤認したものであり、右誤認にもとずく被告北海道知事の本件却下処分および被告厚生大臣の本件裁決は違法であるから、その取消を求めるため本訴におよんだ。」

被告両名指定代理人は請求棄却の判決を求め、答弁として「原告主張一、の事実はこれを認めるがその余の事実はすべて否認するる。」と述べた。

(証拠省略)

理由

一、原告が、引揚者給付金等支給法に基いて、昭和三四年四月一一日頃引揚者給付金請求書を被告北海道知事にあて提出したところ同知事は同三五年四月二八日付で原告が同法第二条第一項第三号に規定する引揚者に該当しないと認定して原告の請求を却下しその通知書が同年五月二日原告に到達したこと、そこで原告は被告厚生大臣に対し右却下処分に対する不服申立をしたところ同大臣は右却下処分と同一の認定にもとずき同三七年一〇月一九日付裁決でこれを棄却しその通知書が同年一二月一〇日頃原告に到達したこと、は当事者間において争いがない。

二、そこでまず被告厚生大臣に対し裁決の取消を求める原告の訴が適法であるか否かについて判断する。行政事件訴訟法第一〇条第二項によれば処分の取消の訴とその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消の訴とを提起することができる場合には裁決の取消の訴においては処分の違法を理由として取消を求めることができない旨規定するが、右は特別法において特に原処分について出訴を許さず裁決に対してのみ訴を提起することができる旨を規定している場合を除き、原処分の違法は処分の取消の訴においてのみ主張することができ、原処分を正当として審査請求を棄却した裁決の取消の訴においては裁決の手続上の違法その他裁決固有の瑕疵を主張するは格別、原処分の違法を理由としてその取消を求めることはできない趣旨と解される。

これを本件についてみると、被告厚生大臣のなした本件裁決は、被告北海道知事がなした原告の引揚者給付金請求を却下した原処分に対する原告の不服申立に対し原処分と同一の認定にもとづき原処分を正当として維持し不服申立を棄却したものであることは前記のとおり当事者間に争いがなく、しかも引揚者給付金等支給法には原処分について出訴を許さぬ規定はないのであるから、原告が単に原処分の違法を主張するにとどまる本件においては、原告は原処分の取消を訴求しうるだけで、原処分を正当として維持した裁決の取消を求めることはできない。すなわち、原告の被告厚生大臣に対する訴はその本案について判断するまでもなく不適法なものとして却下を免れない。

三、つぎに被告北海道知事に対する請求について判断する。甲第一号証の公署作成部分についてその成立が当事者間に争いがないので全部真正な公文書と推定すべき甲第一号証によれば原告は終戦当時である昭和二〇年八月一五日以前において岩見沢市に選挙権を有せず且つ同市における納税義務者でなかつたことが一応認められ、また成立に争いがない甲第二号証によれば昭和一九年九月二一日大東亜省が原告に対し同年九月二二日から同二〇年三月二〇日までの間中華民国に渡航する承認を与えた事実を認めることができるが、右の事実だけでは原告が当時どこに生活の本拠を有していたかは不明であり、原告が引揚者給付金等支給法第二条第一項第三号にいう昭和二〇年八月一五日まで引き続き六ケ月以上外地に生活の本拠を有していた者で本邦に滞在中終戦によつてその生活の本拠を有していた外地へもどることが出来なくなつた者に該当するということはできずまた弁論の全趣旨により一応真正に成立したことが推定される甲第五号証によつても原告主張事実を認めるに足らない。そうして他に原告の主張事実を確認するに足る証拠が何等存在しない以上、原告の被告北海道知事に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却すべきものである。

四、よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 本井巽 藤井正雄 長谷川正幸)

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